事例研究(case study)
事例研究
『事例研究』とは、心理学において、個別のクライエントに焦点を当て、その人が抱える問題や悩みを深く理解し、解決のための方法を探るための研究法になります。
この研究法では、面接や観察を通して一人ひとりの心の動きを丁寧に分析し、その人に合った支援方法を見つけていきます。
事例研究の起源は、1890年代から1920年代にかけての『臨床心理学』や『精神分析』の発展にさかのぼります。
当時の心理学は、まだ科学としての基盤が固まっていない時代であり、一般的な法則や理論を見つけるための方法やデータが十分整っていませんでした。
また、心理的な問題は個人によって異なり、その個人も一人ひとりが違った背景を持ちます。
そのため、一般的な法則や理論だけでは十分にクライエントを理解するのが難しく、個別の事例ごとに深く関わることが必要でした。
このようなことから、事例研究が発展し、そこで蓄積された知見が様々な心理学的支援や治療の技法を生み出していきます。
特に、”フロイト(Freud, S.)の報告した『神経症』の治療事例は、事例研究の重要性を広く知らしめるきっかけとなりました。
また、フロイトだけでなく、”ユング(Jung, C. G.)”をはじめとする様々な研究者が、患者との対話や観察を通じて、個別の事例を詳細に記録・分析したことも事例研究の大きな礎となりました。
このように、事例研究法は、心理学の一般法則や原理を探求するための方法というよりも、臨床心理学の実践に重きを置いた技術的な手法を指します。
つまり、事例研究では、クライエントが抱える問題の心理的評価や面接に必要な情報を系統的に収集し、全体的に理解することで、その問題の所在や原因、発生条件を明確にし、解決策を立てて実行していきます。
実際、多くの心理学的な理論や技法は、この事例研究を通して生まれてきたとされています。
事例研究における有効な事例にはいくつか特徴があります。
例えば、反証となる事例や、極めて特殊な事例、また『心理療法』が困難とされる事例に関する記述が挙げられます。
これらは、人間の心のメカニズムや、援助方法に関する深い理解や新たな理論を生み出すきっかけとなる場合があり、科学的に意義のある研究として評価されます。
その一方で、事例研究にいくつかの問題点があります。
例えば、事例研究では、カウンセラーの主観的な判断が多く含まれるため、得られた知見を一般的な法則として適用することが難しいという点です。
また、クライエントに関する秘密保持の問題や、倫理的配慮の問題。
さらに、研究参加者としてのクライエントが通常はカウンセリングを求める側であり、研究者との間に『多重関係』が生じることも懸念されます。
このように、事例研究は、クライエントの個別性を尊重し、その問題を深く理解することで、新たな治療法や理論を見出していく研究法を指します。
しかし、事例研究を実施する際には、倫理的な配慮や科学的根拠を強化することが不可欠です。
また、研究者にはクライエントのプライバシーを守り、正当な方法でデータを収集し分析する責任が伴います。
このような慎重なアプローチが求められる一方で、事例研究は心理学の理論や実践の発展に大きく寄与し、臨床現場の質を向上させる重要な役割を果たしています。
- 多重関係(multiple relationships)
多重関係とは、心理療法やカウンセリングの場で、治療者(カウンセラー)と患者(クライエント)の関係が、専門的な関係以外にも存在することを指します。
たとえば、クライエントが友人や知人でもある場合や、職場での関係がある場合です。
このような関係は、治療の効果や倫理的な判断に影響を与えることがあるため、注意が必要とされています。
参考・引用文献
森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.
\この記事を書いた人/
臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho
精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。