メルツァー(Donald Meltzer)
メルツァー
"メルツァー(Meltzer, D.)"は、1922年から2004年にアメリカとイギリスで活躍した精神科医になります。
『対象関係論』の流れを汲む精神分析家の一人です(『クライン派』)。
メルツァーは1922年にアメリカのニューヨークで生まれます。
医学を学び、精神科医としてアメリカで活動しますが、次第に対象関係論を創始した“クライン(Klein, M.)”に強い興味を抱くようになり、1954年にクラインのいるイギリスに渡ることになります。
イギリスに渡ったメルツァーは、クライン派の『精神分析』を学び、同じく著名な精神分析家である”スィーガル(Segal, H.)”や、”ローゼンフェルド(Rosenfeld, H. A.)”らの『スーパーヴィジョン』を受けました。
メルツァーは、これらの経験をもとに、クラインの理論を土台としながら、自身のアプローチを築き上げていきました。
メルツァーの重要な著作の一つに、『精神分析過程』があります。
この著作では、精神分析による治療が時間とともにどのように進行し、また、患者がどのように段階的に変化していくのかをまとめたものになります。
メルツァーは、精神分析を通じて治療がどのような過程を辿るのか、そして患者がどのように心理的成長を遂げていくのかを深く考察し、このような著作としてまとめました。
この著作により、治療者は治療の流れや進展、患者の状態を大局的に捉えることができ、効果的に治療を進めていくことが可能になります。
また、メルツァーは『自閉症』の子どもたちに対する理解を深め、従来の見方に新たな視点を加えたことでも知られています。
メルツァーは『心的次元性』という言葉を用いて、自閉症の子ども達が「対象」をどのように経験しているか(自閉症の子どもの心の中にある他者のイメージはどのようなもので、またそれとどう関わっているか)を明らかにしようとしました。
メルツァーは、以下の4つの経験の次元を想定しました。
- 1次元的経験
- 最も原始的で基本的な感覚や反応を指します。
刺激を認識し理性的に反応するというよりも、刺激に対し即時的、感情的に反応するといった心の状態を表します。
- 最も原始的で基本的な感覚や反応を指します。
- 2次元的経験
- 対象を認識しますが、それは表層しか持たない(裏がない)ものであると捉える心の状態を指します。
対象の内部を捉えることが困難なため、対象との分離は危機的で耐え難いものであると感じられます。
- 対象を認識しますが、それは表層しか持たない(裏がない)ものであると捉える心の状態を指します。
- 3次元的経験
- 対象は表層だけでなく、内部を持つもの(裏もある)ものであると捉える心の状態を指します。
- 4次元的経験
- 対象は表層だけでなく、内部を持つものであり、また自律性を持つものであると捉える心の状態を指します。
また、時間の非可逆性(変化する前の状態に戻せないこと)といった観点からも対象を捉えており、喪失した対象を元の状態には戻せないことを理解している心の状態を指します。
- 対象は表層だけでなく、内部を持つものであり、また自律性を持つものであると捉える心の状態を指します。
メルツァーは、1次元的経験が重度の自閉症、2次元的経験が『高機能自閉症』や『アスペルガー障害』の心の状態を表すと考えました。
つまり、重度の自閉症の子どもたちは、他者に対して近づくか離れるだけの単純な反応しか示せず、それ以上の複雑な感情や関係を持つことが難しい状態(1次元的経験)であると推察しました。
また、高機能自閉症やアスペルガー症候群の子どもたちは、1次元的経験よりも複雑な関係や感情を持つことができますが、他者のイメージを表面的にしか捉えることが出来ず、他者の心の内部を経験することが難しい状態(2次元的経験)であると考えました。
さらにメルツァーは、『附着同一化』という言葉を用いて、自閉症の心の状態を説明しようとしました。
附着同一化とは、他者と接する方法が、くっつくことや模倣することに限られている状態を指します。
自閉症の子どもたちは、他者の心の内部(目に見えない心)を理解することが難しく、そのため、他者とくっついたり、言動を模倣することにより繋がりを感じようとする場合があります。
メルツァーはこのような他者の言動や外見を真似ることでのみ繋がろうとする状態が、自閉症の子ども達の特徴的な心の状態であると考えました。
- 附着同一化(adhesive identification)
附着同一化とは、他者と接する方法が、くっつくことや模倣することに限られている状態を指します。
附着同一化は、投影同一化が作動する以前の、非常に原始的な『防衛機制』と考えられています。
乳幼児は、養育者(主に母親)から抱きかかえられて育ちます。
そして、乳幼児は、その時の皮膚同士が触れ合う感覚を内在化(自分の中に取り入れていく)していきます。それにより乳幼児は、自己のまとまりを経験し、自己の心の中に内的空間を作り上げていくことが出来ると考えられています。
しかし、そのような経験が出来ず、自己の心の中に内的空間を形成出来ない場合があります。
このような場合に附着同一化が生じるとされており、対象との関係は表面に附着(くっつく)するか、模倣するかに限定されるようになってしまうとされています。
参考・引用文献
森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.
日本心理臨床学会編(2011)『心理臨床学事典』 丸善出版.
横川滋章・橋爪龍太郎(2015)『生い立ちと業績から学ぶ精神分析入門 22人のフロイトの後継者たち 』 乾 吉佑 (監修), 創元社.
\この記事を書いた人/
臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho
精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。