病態水準論(level of psychopathology)

病態水準論

病態水準論』とは、精神障害』を『精神病』、『境界例』、『神経症』といった3つの水準に分類することで、適切な理解と治療を行おうとする考え方を指します。

1920年代までの、臨床の現場では、精神障害は大きく精神病と神経症の2つに分類されていました。

精神病は、『統合失調症』や重度の気分障害などを含み、現実と妄想の区別が難しい重症の病態を指していました。
その一方で、神経症は、不安や抑うつなどの症状を持つ状態で、患者は現実と妄想を区別でき、社会生活を営むことが可能な病態を指すと考えられていました。

しかし次第に、この2つの分類だけでは診断や治療が困難な、神経症とも精神病とも決め難い患者の存在が明らかになるようになります。
このような患者は、神経症や精神病といった従来の分類では捉えきれないような特異な症状を示すことが多く、そのため、診断名が不明確のまま、放置されてしまったり、誤った治療が行われてしまう場合がありました

このような背景の中で、生み出されたのが”カーンバーグ(Kernberg, O. F.)”の提唱した病態水準論になります。

カーンバーグは、神経症と精神病のどちらにも分類できない中間的な状態を境界例と呼び理解しようとしました。
そして、『自我心理学的対象関係論』の立場から、境界例について整理し、神経症とも精神病とも異なった独自の人格構造を持つ病態として理論化しました。

病態水準論では、精神障害を3つの病態水準に分け、それぞれの特徴を理解することで、より適切な治療を行っていくことを目的とします。

精神病

精神病は、生物学的要因や脳の障害といった「内因性」の要素に基づく、最も重症な病態を指します。

この状態にある人々は、病識(自分の病気を認識する能力)に乏しく、自分の状態や病気に気づけない場合が多くあります。
また、現実検討能力(現実と非現実を区別する能力)が著しく低下し、現実と妄想の区別が困難になり、妄想や幻覚などの症状が現実のものとして認識されてしまいます。
さらに、他者の感情を理解する力が低下するため、感情移入も難しくなります。
そして、これにより、社会機能(社会生活を適切に営む能力)が大きく障害され、日常生活や人間関係の維持が難しくなるのが特徴とされています。

精神病の患者が用いる『防衛機制』としては、主に『分裂』などの『原始的防衛機制』が想定されています。

治療としては、『抗精神病薬』の投与が中心となり、必要に応じて入院治療が行われます。
また、患者の状態を安定させるために、支持的精神療法が併用されます。

境界例

境界例は神経症と精神病の中間に位置する病態を指します。

この状態の人々は、病識が部分的にある場合もありますが、不安定で、混乱した感情や行動がみられることが特徴にあります。
また、現実検討能力が揺らぎやすく、特に強いストレスを受けた場合、現実と妄想の区別が一時的に困難になること場合があります。
さらに、他者への依存や感情的な爆発が見られる一方で、強い孤独感や虚無感を抱くことも特徴です。
そして、これにより、社会機能も影響を受け、人間関係のトラブルや職場での困難がしばしば見られます。

境界例の患者が用いる防衛機制としては、分裂や『投影同一化』が想定されています。
分裂は、他人や自分を全て良い、または全て悪いのどちらか一つで捉えてしまう思考パターンを指します。
それは、信頼していた人を突然否定したり、敵視する行動に出るといった行動としてあらわれます。

また、投影同一化とは、自分の不安や否定的側面を、他者(対象)に『投影』することで、他者(対象)を支配し、コントロール(操作)しようとする心の働きを指します。
それは、自分が内面的な不安や怒りを感じているにも関わらず、他者が、不安や怒りを抱いていると感じ、他者を責めたり、非難するといった行動としてあらわれます。

治療としては、『心理療法』が中心となり、精神病より必要になる場合は少ないものの、必要に応じて入院治療も行われます。
また、症状に応じた『薬物療法』も行われます。
治療場面では、治療者が共感的に関わりながらも、明確な境界を保つことが必要であり、それにより患者は感情をコントロールし、より安定した人間関係を築けるなると考えられています。

神経症

神経症はストレスや心理的要因といった「心因性」に基づく病態であり、精神病と比べて軽度の状態を指します。

この状態の人々は、病識がある程度備わっており、自分の症状に気づき、改善を望む意識が見られる場合が多いことが特徴です。
また、現実と妄想の区別が可能であり、他者の感情を理解する力や共感する能力も保たれている場合がほとんどです。
しかし、社会機能への影響については、不安や恐怖、抑うつといった心理的な症状が日常生活に支障を及ぼすことがあります。

神経症の患者が用いる防衛機制には、『抑圧』などの比較的成熟したものが用いられます。
これらは、心の中の不安や葛藤を無意識の領域に追いやることで不安や葛藤に振り回されず適応的な生活を送ろうとする反応ですが、これが過度になった場合、不適応的な行動に繋がる場合があると考えられています。

治療としては、心理療法が中心であり、症状が重い場合には、薬物療法がおこなわれます。
治療では、不安や恐怖への対処方法を学び、生活の質を向上させることを目指します。

森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.

日本心理臨床学会編(2011)『心理臨床学事典』 丸善出版.

氏原寛編(2004)『心理臨床大事典』改定版, 培風館.

この記事を書いた人

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臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho

精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。

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