ナラティヴ・セラピー(narrative therapy)
ナラティヴ・セラピー
『ナラティヴ・セラピー』は、1980年代にオーストラリアの"マイケル・ホワイト(White, M.)"とニュージーランドの"デイヴィッド・エプストン(Epston, D.)"によって創始された『心理療法』になります。
ナラティヴ・セラピーとは、クライエントが自分の人生や問題について語る「物語(ナラティヴ)」を再構成し新たな視点や意味を見出すことで、自身の力を取り戻し、より良い未来を創造することを目指す心理療法です。
1950年代より以前の心理療法では、問題の原因をクライエント自身に求める傾向が強く、クライアントが「問題そのもの」として扱われることが一般的でした。
例えば、「自分が人間関係で悩むのは、自分の性格に欠陥があるからだ」といった考え方が、治療の中心となっていました。
しかし、ナラティヴ・セラピーはこのような従来の見方に異議を唱え、「問題は人ではなく、問題が問題である」という『外在化』の視点を取り入れました。
これにより、クライエントは自分を否定するのではなく、問題と自分を切り離して考えることができるようになります。
ナラティヴ・セラピーの根幹にあるのは、「私たちの現実は物語として構築される」という『社会構成主義』の考え方です。
社会構成主義とは、私たちが現実と信じるものは、単に個人の内面で作られるのではなく、社会や文化、言語といった要素との相互作用によって形成されるという思想です。
この考え方を基盤にナラティヴ・セラピーでは、クライエントが抱える問題を、個人の内面だけではなく、その人が属する社会的・文化的な文脈の中で理解しようとします。
私たちは日々の経験や社会の影響をもとに、自分自身や世界についての物語や『筋(プロット)』を作り上げ、それを通じて自分自身や周囲の世界を理解しています。
しかし、この物語が否定的な視点に支配されている場合、「自分は無力だ」、「自分の問題はどうしようもない」といった自己概念が強化され、人生に希望を見いだすことが難しくなります。
ナラティヴ・セラピーでは、こうした自己を縛る「支配的な物語(『ドミナント・ストーリー』)」を特定し、それに代わる新たな「代替の物語(『オルタナティブ・ストーリー』)」をクライエントと共に紡ぎ出します。
例えば、クライエントが「私はいつも失敗ばかりで役立たずだ」と感じている場合、セラピストはその物語に疑問を投げかけ、これまでに達成したことや努力を強調することで、新たな物語を作り出す手助けをします。
こうして、「私は何度も挑戦し、そこから学んで成長している」という肯定的な物語に変えることができれば、クライエントは新しい視点を得て、自信や希望を持てるようになります。
このように、ナラティヴ・セラピーが提供する物語の再構築は、クライエントの体験を整理し、秩序立て、心の中で受け入れやすくするための手助けをします。
例えば、出来事そのものが変わらなくても、それを語る文脈やストーリーを変えることで、出来事の意味が変化します。
こうした変化は、感情のコントロールや、新しい可能性を見出す力を育むことに繋がっていきます。
- 社会構成主義(social constructionism)
社会構成主義とは、私たちが現実だと考えるものは、人間同士のコミュニケーションや社会的な相互作用を通じて構築されるという考え方です。
この視点では、私たちが真実と考えるものは固定的なものではなく、言語や文化の影響を受けながら形作られるとされます。例えば、成功や幸せの定義は文化や時代によって異なり、それぞれの社会で共有される価値観やルールによって形作られます。
同じ出来事でも、異なる文化や社会ではまったく違う意味が与えられることがあります。ホワイトとエプストンは、この考えをナラティヴ・セラピーに取り入れ、人々の問題は、その人の物語(ストーリー)の中でどのように位置づけられているかに焦点を当てました。
- 外在化(externalization)
外在化とは、問題をクライアント自身から切り離し、「問題は人ではなく、問題が問題である」という視点を提供する考え方です。
つまり、問題を個人の一部として捉えるのではなく、あくまで外部に存在するものとして扱います。例えば、「私は怠け者だ」という自己批判的な考え方ではなく、「怠け心が私の行動を邪魔している」という形で、問題を自分から切り離すことが外在化です。
このアプローチにより、クライエントは自分自身を責めることなく、問題に対して新しい視点を持ち、解決のために積極的に取り組むことができるようになります。
参考・引用文献
森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.
楡木満生(2005)「ナラティヴ・セラピーの理論と実際」20, p47-56, 日本保健医療行動科学会年報.
\この記事を書いた人/
臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho
精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。