態勢(position)

態勢(ポジション)

態勢(ポジション)』は、“クライン(Klein, M.)”により生み出された理論であり、『対象関係論』に組み込まれています。

対象関係論とは、個人の精神内界にある「対象」との関係を軸に人の心を捉え、『精神障害』の理解や治療を行おうとする立場を指します。
ここでの「対象」とは現実に存在している人間というよりも、心の中に存在している他者のイメージを指します。
つまり、幼児期の子どもの場合、リビドーや愛着を向ける相手は養育者(特に母親)になりますが、ここでの「対象」は子どもの心の中にある養育者へのイメージを指します。

クラインは、このような対象関係を理解し、精神障害の治療を行っていくために、0歳から2、3歳までの非常に早い幼児期の心の発達や母子関係を研究し、態勢などの理論を生み出していきました。

人の心の発達について、”フロイト(Freud, S.)”は、年齢と共に段階的に発達していくことを想定しました(『心理性的発達理論』)。
それに対して、クラインは、人の心は段階や時期のようにはっきりとした区別を持って発達していくのではなく、不安や衝動、『防衛機制』などの様々な関連によって変動し、進展していくものだと考えました。
この考えに基づき提唱されたのが態勢になります。

態勢では、『妄想ー分裂態勢』と『抑うつ態勢』といった二つの状態が想定されています。
この二つの態勢は、乳幼児の時期だけでなく、その後の成人以降においても使用されると考えられています。

妄想ー分裂態勢(Paranoid-Schizoid Position)

妄想ー分裂態勢は、生まれてから、生後4~6か月ほどの乳幼児の心の状態を指します。
そして、クラインは、『統合失調症』の理解にも応用しました。

生まれて間もない赤ん坊は、認知機能が発達していないため、物事の繋がりや関連性を理解できず、全体として物事を認識することが出来ません。

そのため、養育者(主に母親)のことも、全体として認識する事が出来ず、部分的にしかとらえることが出来ません。
これを『部分対象関係』と言います。

部分対象関係の状態では、他者が自分の欲求を満たしてくれるた場合には「良い存在(良い乳房)」と捉え愛情を『投影』しますが、他者が欲求を満たしてくれない場合、「悪い存在(悪い乳房)」と捉え、攻撃衝動を投影します。

このように、部分対象関係の状態では、他者を「良い部分」も「悪い部分」も持つ一人の人間として全体的に捉えることが出来ず、「良い存在」か「悪い存在」のどちらかで捉えることになります(『分裂』)。

また、乳幼児は自分で生きていくことが出来ません。
そのため、死んでしまうかもしれないという不安を常に抱きます。

クラインは、このような根源的な不安から自分の心を守る方法として、『原始的防衛機制』が機能し始めると考えました。

さらに、クラインは、このような根源的な不安により、乳幼児は自分の欲求を満たしてくれない「悪い存在」に攻撃衝動を投影する(『死の本能』)ことになりますが、一方で、これにより乳幼児の中に報復される、迫害されるといった強い不安が生じると考えました(『迫害不安』)。
そしてこのことが、統合失調症の理解に繋がると考えました。

抑うつ態勢(Depressive Position)

抑うつ態勢は、生後4~6か月から2年までの乳幼児の心の状態を指します。
クラインは、『双極性障害(躁うつ病)』の研究を通じてこの概念を提唱しました。

乳幼児は徐々に認知機能が発達し、養育者のことを部分的ではなく、全体として認識しはじめます。
また、自分や他者を区別し始めます。
これを『全体対象関係』と言います。

全体対象関係の状態になると、乳幼児は養育者が自分とは異なる一人の独立した存在であること、そして、自分の欲求を満たしてくれる「良い存在」と欲求を満たしてくれない「悪い存在」は別の存在ではなく同一の人間であることに気づき始めます。

このように、全体対象関係では、他者を「良い部分」も「悪い部分」も持つ一人の人間として全体的に捉えることが出来るようになってきます。

しかし、この気づき(乳幼児が愛情を向けていた「良い対象」と攻撃衝動を向けていた「悪い対象」は同じものであること)は同時に、「良い存在」に対しても攻撃衝動を向け傷つけてしまっていたという気づきにも繋がり、乳幼児の中に罪の意識や後悔、抑うつや不安を生みだします。

クラインは、このような心的苦痛から自分の心を守る方法として、防衛機制が機能し始めると考えました。

また乳幼児は、破壊し傷つけてしまった愛着対象(「良い存在」)をなんとかして修復しようとしたり、これ以上傷つけないように自らの攻撃衝動を抑制しようとします。
このような過程を通して、乳幼児の中に、気配りや思いやり、償いの気持ちが芽生え、さらに攻撃衝動を向けても自分の欲求を満たそうとしてくれた存在に対して感謝の感情を持つようになります。

このように、抑うつ態勢では、「良い対象」と「悪い対象」の両方を体験しつつも、「良い対象」の全体量が「悪い対象」の全体量を上回るようになると、乳幼児の中に成熟した情緒が芽生え始め、攻撃衝動の抑制が可能になってきます。


このようにクラインは、個人が様々な心的現実に直面し「痛み」を経験することが『自我』の統合に繋がっていくと考えました。
そのため心の発達は、フロイトが提唱したようにある時期を過ぎれば、次の段階に移っていくというものではなく、様々な時期や状況で繰り返されていくものとして理解しようとしました。

森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.

日本心理臨床学会編(2011)『心理臨床学事典』 丸善出版.

富山大学医学部(2012)「メラニー・クライン(Melanie Klein 1882-1960)」(2023年9月1日取得)

氏原寛編(2004)『心理臨床大事典』改定版, 培風館.

この記事を書いた人

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臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho

精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。

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