自己対象(self objection)

自己対象

『自己対象』は、”コフート(Kohut, H.)”によって提唱された概念であり、『自己心理学』に組み込まれています。

自己対象とは、自己が健全に発達するために必要な他者や物事を表し、具体的には養育者や重要な他者を指します

コフートは、『自己愛性パーソナリティー障害』の治療を行なっていく中で、従来の『精神分析』の理論では十分な治療効果が得られないことに気づき、自己心理学を作り上げていきます。

自己心理学では、自己愛性パーソナリティー障害を、自己の健全な発達が阻害された結果起こるものであると理解します。
そのため、治療の目的は、患者の自己を健全に育むことであり、治療者の共感的な関わりがそれを可能にすると考えます。

コフートは、自己について個人の心理的宇宙の中心と捉え、分割できない一つの存在として捉えました。
そして、自己が健全に発達し、ひとつのまとまりとして存在するためには、他者の支えが必要であると考えました。

この支えとなるものが自己対象になります。

生まれたばかりの乳幼児はまだ自分では何もできないため、自己対象に対し様々な欲求(『映し返しの欲求』、『理想化の欲求』、『分身への欲求』)を向けていきます。
そしてそれらの欲求に対し自己対象が適切に関わることにより、乳幼児の中に少しずつ自己の土台が形作られていきます。

このようにコフートは、自己の健全な発達には、自己対象からの共感的な関わりや支持が重要であり、これが欠けると自己の発達に歪みが生じ、自己愛性パーソナリティ障害などの問題が発生する可能性があると考えました。

コフートが想定した自己対象には、『鏡自己対象』、『理想化自己対象』、『双子自己対象』の3つがあります。

鏡自己対象

鏡自己対象は、乳幼児の映し返しの欲求(自己対象に自分の素晴らしさや全能感を認めてほしいという欲求)を満たす存在を指します。

たとえば、乳幼児が養育者から賞賛や共感を受けることで、自分が特別であるという感覚を得て、自己愛が育まれます。
この経験を通じて、自己主張や「野心」を発展させる『誇大自己』の土台が形作られていきます。

理想化自己対象

理想化自己対象は、乳幼児の理想化の欲求(自己対象を完全で欠点のない存在として賞賛したいという欲求)を満たす存在を指します。

たとえば、乳幼児が養育者を全能で安心できる存在だと感じられることで、乳幼児は安心感や信頼感を得て、やがて「自分もこの人のようになりたい」といった目標が形成されていきます。
この経験を通じて、「理想」や価値を追求する志向である『理想化された親のイマーゴ』の土台が形作られていきます。

双子自己対象

双子自己対象は、乳幼児の分身への欲求(自己対象と自分が似た(双子のような)存在であることを求める欲求)を満たす存在を指します。

例えば、乳幼児は、自分と似た特性を持つ相手がいることで、他者との繋がりや安心感を感じられます。
この経験を通じて、自分は他の人と同じ人間であり、同じ共同体の一員であると感じられるようになり、社会的なつながりや共感の基盤が形作られていきます。

また、双子自己対象の存在により、野心(誇大自己)と理想(理想化された親のイマーゴ)の両極を結びつけるような「才能と技能」が活性化され、現実的な執行機能(目標達成のために必要な計画、判断、思考、自己管理といった能力)が育まれていきます。

森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.

日本心理臨床学会編(2011)『心理臨床学事典』 丸善出版.

氏原寛編(2004)『心理臨床大事典』改定版, 培風館.

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この記事を書いた人

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臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho

精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。

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