ビオン(Wilfred Ruprecht Bion)
ビオン
”ビオン(Bion, W. R.)”は、1897年から1979年に活躍したイギリス人の精神科医です。
『対象関係論』の流れを汲む精神分析家の一人です。
ビオンは1897年、イギリス領のインドで生まれました。
幼少期をインドで過ごし、8歳でイギリスの寄宿学校へと送られます。
この時期の異国の地での生活や長期間にわたる両親との分離が、ビオンに深い心理的影響を与えたとされています。
またビオンは、第一次世界大戦時にイギリス陸軍の戦車隊に入隊し、フランスの戦場で多くの戦闘を経験します。
この戦争体験から、『トラウマ』や人間の『無意識』的な反応に強い関心を抱くようになりました。
戦後、ビオンは医学校に入り、医師免許を取得します。
そして、"ジョン・リックマン(Rickman, J.)"や“クライン(Klein, M.)”からの分析を受けることになり、『精神分析』の分野に進み始めます。
その後ビオンは、第二次世界大戦中に軍医として従軍することになります。
そこでは、戦争による心的外傷を持つ兵士たちへの治療として『集団療法』を導入し、集団力動の理解を深めていきます。
このようなグループの研究に加え、ビオンは個人の心理や『精神病』にも深く関心を寄せます。
特に乳幼児と養育者(主に母親)の関係に注目し、『コンテインメント』理論として発展させていきます。
コンテインメントとは、個人が自分一人では耐えられない強い衝動や感情を持った際に、それをどのように処理していくかを説明する理論になります。
特にコンテインメントでは、人は自身には耐えがたい不安や感情を他者に預け、その相手がそれを整理し、安心できる形で返してくれることで感情を少しずつ処理できるようになると考えます。
乳幼児は、自我が未熟なため、自分の中に生じる強い衝動や感情を、自分の力だけでは処理できません。
そのため、乳幼児は、自分の中の衝動や感情を『分裂』させて、養育者の中へ『投影』する(投げ入れる)ことで、それを処理してもらおうとします。
養育者は、乳幼児から投影された(預けられた)衝動や感情を包み込み(コンテインし)、その衝動や感情がどのようなものかを理解します。
そして、それらを乳幼児が耐えられる形に修正し、乳幼児に返していきます。
この過程により、乳幼児は自分の中に生じる強い衝動や感情に対して、情緒的な耐性を持つことが出来るようになり、また、衝動や感情を和らげる養育者の機能を取り入れ、健康なパーソナリティを形作っていきます。
このような役割を果たす養育者のような存在のことを『コンテイナー』と呼びます。
しかし一方で、乳幼児が生来的に強い羨望や憎悪を抱えやすい素因があったり、養育者のコンテインする能力が弱く、コンテイナーとしての機能が十分果たせない場合、乳幼児は『名もなき恐怖(nameless dread)』(言葉にできない漠然とした恐怖)を抱え込むようになります。
ビオンは、このような状況が人の心の不調や精神病に繋がっている可能性があることを指摘しました。
また、コンテインメント理論は、『心理療法』の実践にも大きく影響を与えました。
心理療法の場面では、養育者(コンテイナー)の役割を治療者(セラピスト)が担うと考えます。
つまり、セラピストは、患者(クライエント)から不安や混乱した感情を預かり、受け止めて整理し、クライエントの理解しやすい形でクライエントに返すという役割を果たします。
この過程を通じて、クライエントは自分の感情を少しずつ処理する能力を身につけ、感情の混乱から解放されていきます。
このように、ビオンの理論は現代の心理療法の基盤としても広く用いられており、重要な理論の一つとされています。
参考・引用文献
森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.
日本心理臨床学会編(2011)『心理臨床学事典』 丸善出版.
横川滋章・橋爪龍太郎(2015)『生い立ちと業績から学ぶ精神分析入門 22人のフロイトの後継者たち 』 乾 吉佑 (監修), 創元社.
\この記事を書いた人/
臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho
精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。