ケーラー(Wolfgang Köhler)
ケーラー
"ケーラー(Köhler, W.)"は、1887年から1967年に活躍したドイツ人の心理学者です。
『洞察学習』の提唱者としても知られています
1887年、ケーラーはドイツで生まれ、自然科学や哲学に強い関心を抱き、大学では哲学を学びます。
そして、"ヴント(Wundt, W. M.)"をはじめとする当時の著名な心理学者たちの影響を受け、次第に心理学への道を進んでいきます。
ケーラーは『ゲシュタルト心理学』の理論家の一人としても知られています。
ゲシュタルト心理学とは、物事を個別の要素としてではなく、全体として認識するという視点に立った心理学の流派です。
ゲシュタルト心理学では、「全体は部分の総和以上である」という考え方に基づき、感覚や認知の過程は個々の要素の単なる集合ではなく、相互に関連し合って新たな意味を生み出すという立場を取ります。
たとえば、私たちが音楽を聴くとき、個々の音符や音程をただの「音の集まり」として捉えるのではなく、それらが組み合わさってメロディやハーモニーといった「全体的な意味」を感じ取ります。
同様に、視覚においても、私たちは点や線の集まりを単なるパーツとしてではなく、一つの形や図として認識します。
ケーラーは、この全体的な認識の重要性を物理的および心理的な現象にも適用し、認知の過程を分解せず、全体として捉えることを強調しました。
このアプローチが、後の問題解決の理論や認知の研究に新たな視点を提供することになります。
ケーラーの理論が最も注目を集めたのは、1920年代初頭に行ったチンパンジーを使った実験です。
これにより洞察学習の考えが生み出されました。
彼は、スペインのカナリア諸島でチンパンジーを観察し、彼らがどのように問題解決を行うかを研究しました。
チンパンジー実験
実験では、チンパンジーがバナナを取るための課題が用意されます。
実験の中で、チンパンジーは手の届かない位置に置かれたバナナを取るためにさまざまな方法を試すことになります。
最初は、チンパンジーはバナナを取ろうと何度も試行錯誤を繰り返し、無駄な動きが多く見られます。
最初のうちは、単に手を伸ばしたり、バナナを引っ張ったりするだけで、なかなか解決策にたどり着くことができません。
彼らはバナナを直接手に入れる方法を思いつくことができず、周囲の物を使うことに気づいていません。
しかし、チンパンジーが何度も試行を重ねるうちに、突然「ひらめき」の瞬間が訪れます。
チンパンジーは問題を全体として理解し、道具を使って目的を達成する方法を直感的に思いつきます。
そしてある時、チンパンジーは周囲にある箱を使って、その上に登ることでバナナに手が届きそれを手に入れることができるようになります。
このように、ケーラーが行った実験では、チンパンジーがバナナを取るために試行錯誤を繰り返し、最終的に突然、道具を使ってバナナを取る方法を思いつく様子が観察されました。
そして、この「ひらめき」の瞬間をケーラーは洞察(insight)と呼び、洞察学習として理論化しました。
洞察学習とは、問題解決において試行錯誤を繰り返すうちに、ある瞬間に突然「ひらめき」が生じ、解決方法が理解される学習のことを指します。
そしてこの学習は単なる反復的な試行錯誤の結果ではなく、認知の変化を伴うものであると指摘しました。
この発見は、『学習理論』や『認知心理学』に大きな影響を与えました。
当時主流だった『行動主義心理学』は、学習を「刺激(S:Stimulus)」と「反応(R:Response)」の関係で説明し、外的な報酬や罰によって行動が『強化』されると考えていました(『S-R理論』)。
しかしケーラーは、単なる刺激と反応の連鎖では説明できない学習のメカニズムが存在すると主張し、洞察学習を提唱しました。
つまり、ケーラーは、学習は反復的な行動の積み重ねによって生じるものではなく、状況全体を理解し、問題解決の方法を「ひらめく」ことによって成り立つものであると考えました。
この視点は後の認知心理学や問題解決理論に大きな影響を与え、学習過程の理解に新たな道を開きました。
このように、ケーラーの洞察学習の理論は、ただの学問的な理論にとどまらず、実験的な方法を通じて認知的変化の重要性といった学習の新しい理解を提供しました。
- 洞察学習
洞察学習とは、問題解決において試行錯誤を繰り返すうちに、ある瞬間に突然「ひらめき」が生じ、解決方法が理解される学習のことを指します。
これは、単なる反復や条件付けでは説明できない認知的な理解の変化によって起こる現象で、ケーラーのチンパンジー実験により明らかにされました。
参考・引用文献
森岡正芳編 (2022) 『臨床心理学中事典』野島一彦 (監修), 遠見書房.
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\この記事を書いた人/
臨床心理士・公認心理師
上岡 晶
Ueoka Sho
精神科・心療内科での勤務を経て、2023年から「オンラインカウンセリングおはぎ」を開業しました。私のカウンセリングを受けてくださる方が少しでも望まれる生活を送れるように、一緒に歩んでいきたいと考えています。